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茶室からアプローチする茶の湯の魅力

第一回は、東海大学工学部の小沢朝江(おざわ・あさえ)教授です。
小沢教授は世界茶会が主催する【はじめての茶室論】を担当くださり、
その中で、茶室の魅力についてお話いただいています。
今回は、茶室という建築の側面から見る“茶の湯の魅力”を中心に、お話をおうかがいしました。

——「茶室」の出会い(建築の世界へ入ったきっかけ)を教えてください

はずみで建築の世界へ

小沢教授 私は建築の世界に、はずみで入った人なんです。父は機械技師、母が看護師で、手に職をつけたいとは思っていましたが、建築のことは何も知らなかった。それが高校の指定校推薦の枠がたまたま建築学科だったという理由で、先入観なしに進学しました(笑)。
ただ全く縁がなかったわけではなくて、横浜で育ったこともあり、高校生の頃は近代建築を保存する運動のお手伝いをしていました。「建築=新しい建物」ではなく、古い建築をイメージしていたというのは今につながっているかもしれません。

大学では建築史の専門の先生がおらず、非常勤で教えにきてくださっていたのが数寄屋造りの権威である西和夫先生(※)でした。それで、大学院に進学して数寄屋造りを専門に研究するかたわら、当時先生が連載をもっていらした雑誌『茶道の研究』(大日本茶道学会)の挿絵を担当させていただいて、表千家や裏千家など、有名なお茶室を全部見させていただいたんです。
西先生には「いいものをたくさん見なければいけないよ」と教えていただいたのですが、実は余計なことも刷り込まれていまして…「お茶をやっている人は怖いよ」「お茶をやっていないと茶室はできないよ」と諭されました(笑)。それで、お茶室を研究するのは怖いから、とにかく避けようと(笑)。今でも、中村昌生先生(※)のような「茶室」の王道をいく研究はしてはいません。改めて茶室を面白いと思うようになったのは、30代の後半くらい。今、大学では建築史と設計を教えているんですが、建築作品として見ると、茶室はとても面白い。「お茶を点てて飲む」だけの非常にプリミティブ(原初的)な空間で、しかもあんなに小さいのに作った人間の個性が出る。だからこそ、大きな建築を考えるときの基本になると思うんです。「建築屋だからできる茶室論」という点にこだわっています。

——「茶室」(茶室の条件)とは何でしょう?

小沢教授 本来的に茶室は「お茶のための専用の建物」ですよね。茶の湯が始まった時からあったものではなく、もともとは広い座敷だったものが一部を区切って使うようになり、さらに専用の空間になっていきました。

和室≠茶室 but 茶室=和室

「和室は茶室か?」という問いには「×」ですが、「茶室は和室か?」ならば「○」ですね。和室は茶室ではないけれど、茶室は和室でもあります。和室というのは「畳が敷いてある空間」というとても曖昧なものなので、茶室もそこに含まれます。茶室は茶の湯が始まった時からあったわけではなく、お茶にふさわしい専用の空間として作られたのが茶室といえます。

四畳半=小間=広間

お茶が始まった当初は、「闘茶」というゲームだったため、広間にたくさんの人を入れる必要がありました。それが、お茶を点てて飲む行為そのものを尊重し、お茶を点てる人といただく人がお茶を通して大事に思い合うことを理想にして、茶の湯が成立していくわけです。人と人の距離そのものが、人と人の心の距離を示すということで、茶室をだんだん小さくするようになりました。
最初に基本としてできたのは四畳半で、これは一丈(=約3m)四方、つまり「方丈」に近いサイズであって、俗を捨てることを象徴する空間と言われています。
四畳半より小さいものが「小間」、四畳半より大きいものが「広間」。つまり四畳半は「小間」にも「広間」にもなる、いわばワイルドカードです。
茶室は小間なのか広間なのかといえば、小間もあれば広間もあるということになりますね。

——では、茶室を定義するものとは何でしょうか?

茶室にあるべきもの = 炉と床の間

小沢教授 茶室とは「お茶のための専用の空間」という用途で定義をするもので、形で定義することはできないと考えています。
これがないと茶室にならないという必須条件とはいえないけれど、茶室としてこれはあるべきものという条件としては「炉」と「床の間」があると思います。炉は点前座を決めるものですし、床の間というのは和室の上座・下座など人の使い方をコントロールする要になるものです。
和室は、一般に西洋の部屋に比べてフレキシブルな空間だといいますよね。洋室は家具によって用途が固定されますが、和室は襖を開けたら広い空間になったり、公的の場にも私的な場にもなる。だからこそ、逆に何らかのルールが必要で、例えば体育館のような空間を自由に使ってくださいといわれても、何か規定や条件が無いと使いにくいですよね。そのルールが和室における床の間で、「床の間を背にして座る人は一番身分の高い人である」という暗黙の常識が、和室の一番のルールなのです。和室でもある茶室もそのルールに沿うし、しかもお茶のための専用の空間であるために和室よりももっとルールが多い。だからこそ凝縮された空間となっていて、そこが茶室の面白さとなっています。

小沢朝江(おざわ・あさえ) 教授
工学博士。東海大学工学部建築学科教授。1986年、東京理科大学工学部建築学科卒業。1988年、神奈川大学大学院修士課程修了。2002年より東海大学工学部建築学科助教授、2007年より現職。1999年、日本建築学会奨励賞受賞。著書に『名城シリーズ11 二条城』(共著、学習研究社、1996)、『日本住居史』(共著、吉川弘文館、2006)、『明治の皇室建築―国家が求めた“和風”像』(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館、2008)など。

【西和夫(にしかずお、1938年〜)】
建築史家。神奈川大学名誉教授、同大学工学研究所客員教授。桂離宮など数寄屋建築の研究のほか、各地の歴史的建造物・町並みの保存に尽力。

【中村 昌生(なかむら まさお、1927年〜 )】
建築史家。京都工芸繊維大学名誉教授、福井工業大学名誉教授。茶室・数寄屋建築・研究の第一人者。

【アクソメ(図)(あくそめ:ず)】
Axonometric drawing のことで、立体を斜めから投影的に見た姿を表示する方法のひとつ。簡単に立体的な表現ができるので、建物の説明に使われることが多い。